産院選びはとっても大切

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31歳の時に初産を経験しました。15年前の事です。
働いていたため、通うのに便利だという理由だけで自宅から歩いてすぐの産院に決めてしまいました。
当時はまだインターネットも普及していなかったので、口コミ等で評判を得る事はできませんでした。
その産院は昔からある古い産院で、先生は年配のおじいちゃん先生でした。

看護婦さんも年配のおばあちゃん看護婦さんで、ベテランだろうから大丈夫だろうと思い、その産院の事をあまり知らないまま、通院を始め、結局そこで出産する事になりました。

予定日の1週間前、主人を会社に送り出した後腹部に鈍い痛みが。これが陣痛か!?と思うとドキドキしました。
一人では不安だったので、すぐに主人を呼び戻し、車で産院へ。
しかし、「まだまだ生まれないね」という事で一旦家へ帰されてしまいました。
夜になってまた痛みが出てきたので産院へ電話。
「じゃ、そろそろ来てください」と言われ再び産院へ。
今の産院は、ちゃんと陣痛室というものが用意されていますが、古い産院だったので、そんな部屋はもちろんなく、私と主人は病室へ通されました。
その部屋で陣痛の感覚が近くなってくるまで陣痛と闘っていました。主人に背中や腰をさすってもらってはいましたが、夜中だったので、気づくと主人はウトウトと居眠り。

 

私がこんなに苦しんでいるのに!と思うと怒りがこみあげてきて、主人を足で蹴って起こし、腰をさすってもらい、また主人がウトウトすると足で蹴って起こし腰をさすってもらい、、、
という事を繰り返しでした(笑)

初めての子だったので私の中では、一緒にお産を乗り切りたい!という気持ちが強かったのでしょう。
朝方になって看護婦さんが様子を見にきて、「じゃあ分娩室に行きましょうか」と言われ、歩いて分娩室へ。
しかし、分娩室に通されると途端に陣痛が弱くなってしまい、こんなんで本当に生まれるんだろうか?と疑問に思いましたが、先生に指示されるがまま、呼吸したりいきんだり。
頭は出てきていたようですが、いきみが弱かったようで、先生が吸盤のようなものを赤ちゃんの頭につけて引っ張って出したそうです。
そうです、というのは、私はそれどころではなく、何が起こっているのか全く把握していなかったのですが、立ち合いしていた主人が全てを冷静に見ていて後になって色々と教えてくれました。
陣痛から丸一日かけての出産でした。
最近の産院では、赤ちゃんが生まれるとすぐにお母さんの胸元に持ってきてくれてカンガルーケアーを行ったり、赤ちゃんと対面させてくれますよね。
でも、そこの産院ではそんな事はしてくれず、私が初めてわが子と対面したのは、産後の処置が終わって、病室へ帰った時です。
その時に、初めて主人に抱かれた赤ちゃんと対面しました。
生まれてからの母乳育児についての事などもちゃんとは教えてもらえませんでした。
最初の子は私が予想していた出産風景とは全く違った経験になってしまったため、二人目の子は最新の設備の整った評判の良い産院で産みました。
二人目の子は産まれた直後に、分娩台でちゃんと対面させてもらいましたし、母乳育児についてもきちんと指導してもらいました(二人目だったのでもう指導はいりませんでしたが、最初の子の時にこの産院にしておけばよかった、と本当に後悔しました)
どんなお産をするかは、産院によって大きく変わります。
口コミやネット、実際に利用した知り合いなどからきちんと情報をゲットして、自分の理想にあったお産を行ってくれる産院を選ぶのはとっても大切だと思います。

初めての出産体験談

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36歳という高齢出産での初産でしたので結構大変でした。

妊娠40週を迎えてから、いつ陣痛が起きてもおかしくない状態のまま、ひたすら陣痛が始まるのを待っていました。

しかし41週目終わりに近づき42週目目前になってもまったく陣痛の気配さえありませんでした。その間にもお腹はどんどん下に下がっていっていたので腰にかかる負担は並大抵ではなく買い物に出たりするのも息が上がってしまいかなり大変でした。

病院からは42週をすぎてもまったく出産の兆候が現れなかったら入院して促進剤による分娩か最悪の場合は赤ちゃんの安全を考えて帝王切開をするしかないという話でしたので、私としてはどうしても自然分娩で産みたかったので一生懸命、腰痛を我慢しながらウォーキングをして陣痛が来ることを祈っていました。

とうとう42週をすぎてしまった2日目に、微弱ですがお腹の強い収縮を1日のうちに何度か感じるようになりました。いよいよなのかなと期待がたかまったのですが陣痛は弱いままで一向に強くなってくれなかったのです。

結局入院することになり、とりあえず陣痛促進剤の点滴を始めることになりました。陣痛促進剤を始めても、陣痛は微弱のままでしたがすぐに破水が起きました。破水が起きたので本格的な陣痛が始まると思いきや、なかなか規則的な陣痛になりませんでした。

そうこうしているうちに赤ちゃんの心音が少し弱くなってきたという緊急事態になってしまい、そのまま緊急オペとなってしまったのです。

分娩室からそのまま手術室へと運ばれて緊急帝王切開の手術になってしまい、まさに最悪の事態になってしまいました。私は手術の間は腰椎麻酔だけだったので、うつらうつらした状態で手術を受けていました。

お腹が切開されて赤ちゃんがいよいよ引っ張り出される時には、痛みこそありませんでしたがぐいぐいと引っ張られる感覚が伝わってきて思わず吐いてしまいました。

無事赤ちゃんの産声が聞こえた時には意識も少し遠のいている状態でかなり大変な思いをしました。生まれたての赤ちゃんを胸の上に乗せてもらた時も意識が半分飛んでいたので、はっきりとその時の事を思い出せません。

もっと感動的な出会いを望んでいたのですが緊急の帝王切開になってしまったので、そのチャンスは消えてしまいましたが、でも心音が弱っていた我が子が元気に生まれてきてくれたのは本当に良かったです。

高齢出産という事で、いろいろな不安もあり精神不安定にもなったり体力的にもボロボロになったりしたこともあった10ヶ月でしたが、元気な我が子に出会えた事で全ての苦労が吹き飛んだ出産体験でした。

命懸けの帝王切開。

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私は今から5年前に初めての出産を経験しました。

初めてということもあり不安ばかりが募っていたことに加えて、当時の私といえば体重が通常よりも15キロもオーバー、更に妊娠高血圧を患っているというなかなか大変な状態。

さすがに妊娠後期からは担当医の指示通り、食事制限をしこまめに歩くなど運動を心掛けてはいましたが、状況はなかなか改善しません。

42週になるというのに陣痛はおろか赤ちゃんが降りてくる気配も全くありません。

このまま放置しておいては羊水が悪くなる一方で赤ちゃんに悪影響だとのことで、やむなく入院しバルーンと促進剤で強制的に陣痛分娩を行うことに。

バルーンとは膣内に風船のようなものを挿入し膨らませることで子宮を刺激すると同時に、産道を確保する効果もある器具のこと。

朝一で入院手続きを済ませ午前中にバルーンを入れると、5時間ほどで待ちに待った陣痛がやってきました。

入院前に色々とネットで調べた結果、酷い生理痛と便秘を足したようなものが陣痛なのだと勝手に納得してはいましたが、実際の痛みはそれとは比にならないほどの苦痛で、脂汗と冷や汗が止まりません。

陣痛の感覚が5分になれば分娩室に入りますが、私の場合はその前に宿泊部屋のトイレで破水。

慌てて看護士さんを呼び、そのまま引き摺られるようにして分娩室へ入りました。やっと分娩室に入り、いざ、といきもうとすれば今度は助産師さんの「あ~、まだ赤ちゃん降りてきてないねえ…」の無情の一言。

まだしばらく生まれそうにないとのことで、朝からずっと付き添ってくれていた母も一旦帰宅することになり、それから一人で陣痛に耐えること約2時間。

突然、赤ちゃんの心拍を示すモニターが「ピーッ」という機械音と共に横一文字になったのです。

ドラマやドキュメンタリーなどでよく目にしていた光景をまさか自分の身で実践することになるとは思いもせず、混乱した頭でナースコールを連打したのを覚えています。

駆けつけてくれた看護士さん、担当医によってそのまま隣の手術室へ運ばれました。

理由は分かりませんが陣痛が起こるたびに赤ちゃんの心拍や呼吸が停止してしまうという最悪の状況で、急きょ帝王切開をすることに。

陣痛を止める薬を打たれモニターが正常に戻ったのも束の間、すぐさま帝王切開のための下半身麻酔を打たれました。

麻酔注射の痛みよりも、「とにかく早く赤ちゃんを何とかしてほしい」と頭の中はそればかりでしたね。手術は10分程で終わり、無事に赤ちゃんが生まれてきてくれた時は駆けつけた主人と共に涙が止まりませんでした。

一時は死の淵をさまよった我が子ですが今ではすっかりやんちゃな幼稚園児へと成長し、私も育児に振り回される毎日です。

無痛分娩なのに我慢を重ねてしまいました

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出産・育児本を図書館で何冊も借り、雑誌は全種類を読破して臨んだ出産でした。

陣痛が始まったら病院へ行けばいいのは解っていましたが、先生や看護師さんにも都合があるだろうと土壇場になって思いついてしまったのです。
最初の陣痛が朝の3時くらい。
生理痛と同じような痛みです。
でも、なるべく病院のスタッフが勤務を開始した後のほうが手厚くような気がして、6時くらいまではベッドでじっとしていました。
痛みは10分くらいするとなくなるので、「初産は時間が掛かるっていうし」ともう少し待とうと思っていたのです。
実家にいたので、母親が家族の朝食を作って片付けるのを終えてから行こうと考えました。
そうこうしているうちに8時を過ぎ。
なんと痛みが途切れずに、動くタイミングを逸してしまいました。
入院の準備は完璧に終わっていたので、車に乗って病院へ向かうだけなのですがお腹が痛くて思うように動けません。
冷や汗を搔き、母親に助けてもらいながらやっとのことで車に乗り込みました。
シートを倒して横になっていたものの、病院までの15分が本当に長く感じられました。

病院に到着すると分娩室専用の受付に通されました。
でも、そこまでも自分の足で歩かなければなりません。
痛みをこらえて受付に着くと、今度は入院する病室を選んでくださいとのこと。
もう気を失いそうになりました。
幸いにして母が付き添ってくれていたので、面倒な決め事はすべて任せて長椅子に横になっていました。
その間も絶えず痛みは続いているので、本当に辛かったです。

それから分娩室に通されて着替え。
お腹が痛いので全てのことに時間が掛かります。
看護師さんがつきっきりで手伝ってくれるのですが、身体が思うように動きません。

全てのことを終えて分娩台に上がった時にはぐったりでした。
そして、先生が登場。
背中を出して、無痛分娩用の点滴を開始しました。
そう、私は無痛分娩を希望していたのです。
介助している看護師さんにも「もっと早く病院に来てもよかったのよ。そうすれば、痛みを我慢することもなかったかもね」と言われました。
無痛分娩費用は5万円。
痛みを感じたことで2万円くらいは損をしたんじゃないかと悔やんでいます。

点滴のお蔭で、お昼の12時にお産を終えました。
本当に痛くないんです。
そのかわり、「お腹に力を入れて!」と言われても感覚が無くて難しかったので、出産自体の時間は掛かってしまったかもしれません。
始めて我が子の顔を見た時には感動というよりも、「ママ、大変だったよ・・」と陣痛開始からの事を思い出しました。
痛みは感じなくても、やはり人生の一大事には変わりない出産。
本当に大変でした。

想像絶する苦しみ。

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第一子の男の子を昨年五月に出産した私の出産エピソードをご紹介します。

予定日前日。

昼頃ピンク色のおりものがあり、そろそろかなとドキドキし始めました。
そして、日付が変わり予定日の夜中にトイレへ行って下着をみると多量の出血が!!

ついにきた!と思い、すぐさま旦那を起こしました。
産婦人科に連絡を入れると、「今すぐ入院の準備をしてきてください」と言われそのまま病院へ。

病院につくころには生理痛のようなレベルの陣痛になっていました。
すぐに内診を受け、「今日、産まれそうだね」と言われ、ついにおなかの中の赤ちゃんに会えるのね、と信じられない気持ちと緊張の連続でしたね。

部屋に案内され、赤ちゃんの心拍を見ながら、徐々に押し寄せてくる陣痛と冷静に向き合っていました。
まだ、大丈夫!!

旦那がなにか飲み物を買ってくるというので、部屋に一人きりになりました。
じわじわと強くなる陣痛。
きつくなってきました。

雑誌に載ってたように、横向きになってみたり、椅子に座ってみたり自分の少しでも楽になる体勢を探し出しました。
しかし、旦那が戻ってくることにはかなり堪えていました。

だからといって、声をあげたり暴れると余計にしんどいことに気づいたので、なにも言わず必死に耐えます。

一回目の分娩室。
まだ子宮は四センチしか開いてません。
まだ産まれないのと思いながら、また部屋で頑張ってといわれ、部屋に帰されました。

部屋に戻るとかけつけた母がいて、母の顔を見て思わず想像以上の痛みに泣いてしまいました。
それからまた数時間、旦那と母の元で陣痛に耐えます。

二回目の分娩室。
子宮はまだ開ききっていなかったのでまた部屋に帰されました。
このときすでに陣痛から七時間ほど。

いつまで続くの、これからどうなるのという恐怖と痛みでどうにかなってしまいそうな私でした。

そして三回目の分娩室。
なかなか破水しないため、先生に人口破水してもらいました。
何度も何度も力いっぱいいきみますが、なかなか赤ちゃんはでてきません。

その日は雷が鳴っていて、外からの雷の音が、余計に私を恐怖に陥れました。
時計をみるとすでにお昼三時を回っており、私の体力も本当に限界で、息をするのがかなり苦しい状態でした。

そして赤ちゃんの心拍が乱れ始めてしまい、ついに先生は帝王切開を提案しました。
帝王切開の麻酔を打たれた瞬間、ようやく痛みから解放され、天国にいった気分でした。

12時間の陣痛を乗り越え、最後は自然分娩では産めなかったけど、苦労して産んだわが子はなんともいえない宝物です。

やっと会えた我が子

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初めての出産時の事は物凄くはっきり覚えています。
予定日の9日前に陣痛が始まりました。

その日は日曜日だったので、幸い夫と一緒に過ごしていました。

なんとなくお腹が痛いな(軽い生理痛のような)と思って、外出先から帰宅し横になってみました。

時計で測ってみると、これが陣痛かな…と言うことで病院に電話し、とりあえず入院準備をして向かいました。

結局そのまま入院する事になり、夕方から本格的な陣痛が始まりました。最初はまだ余裕があり、テレビを観たり話をして過ごしていましたが、だんだん痛みも増し…自分で夕飯も食べられない程になりました。

出産は体力がいるので、夫に食べさせて貰いましたが、他の分娩室から色々な叫び声が聞こえた事を覚えています。たまに看護師さんが来てくれますが、慣れているからかあまり心配して貰えず。「鬼~!」と心の中で思っていました…。
夫は隣でお菓子を食べたりテレビを観ていて、イライラ!観ていたテレビも覚えています。

腰をさすってもらったりしましたが、痛みは増すばかり。いつまで続くんだろう、早く生まれて!と何度思ったことでしょう。

眠気は襲って来るけれど、痛くて眠れないし。時計ばかり見ていました。
そのまま夜中になり、時計とにらめっこしながら気付けば日付も変わっています。

それでも全然お産は進まず、陣痛の痛みだけが強くなりました。

「もうだめ!」と本当に何度考えた事か。

でも、お腹の赤ちゃんも必死に頑張っているのだから、早く出してあげなくてはと思って痛みと戦いました。

とにかく喉が渇きました。

そして、ついに朝になってしまいました。そろそろかな…となった時、夫は廊下へ出て行きました。私も夫も立会いは希望していなかったので、待っていて貰う事にしていたのです。

後で聞けば、夫は眠くて眠くて廊下の丸イスを並べて寝ていたそうです…。

あまりの長時間に疲れきってしまったらしいですが、私の方が疲れているんですけどーと思いました。

ところがそこからまたお産がスムーズに行かず、私が多分下手だったんでしょうがなかなか産まれず。

結局、入院して16時間後に無事長男が産まれました。元気な産声を聞いた時はホッとしました。
あんなに痛かった陣痛も、産まれた途端に本当に忘れるんですね。

ホッとしたと同時に痛みや辛さは消えていました。

女性は強いですね!家族3人で初めて分娩室で撮った写真は宝物です。

私はすっぴんで汗だくでひどい顔ですが、それも思い出。

胎動が楽しくて、もう味わえないかと思うとちょっぴり残念でしたし、「この子が今までお腹に居たんだ」と思うと不思議な感じでした。出産は素晴らしい経験ですね。

逆子で帝王切開。産む時よりも産んだ後が痛みとの戦いでした。

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妊娠8か月までは順調に進んでいましたが、8か月の定期検診で先生から「逆子になってるねえ」と言われてしまいました。

助産師さんから逆子を治す体操や、骨盤ベルトの装着を勧められて実行しましたが、逆子から戻ることはありませんでした。

出産予定日の1か月前に、このまま逆子が戻らなかった場合に備えて、帝王切開の予約をしました。

「前日に戻ることもあるから、普通分娩の準備もしておくように」と先生に言われましたが、逆子から戻ることはなく、帝王切開の予約を入れた前日に入院しました。

局所麻酔をするから痛くないとはわかっていても、お腹を切るのでとても不安でした。不安を紛らわせるために病院にあったマンガを読みました。

手術前日の夜と手術当日の朝で「ホタルノヒカリ」を1巻から15巻まで読破しました。手術当日、手術室にはオルゴールの音楽がかかっていてリラックスした雰囲気を醸し出していましたが、わたしは不安と緊張で震えてしまいました。

背中に麻酔を打たれるときもビクッとして動いてしまい、助産師さんに押さえられました。

麻酔が効いてきて開腹が始まりましたが、局所麻酔のため先生たちのやり取りが聞こえてきます。

執刀したのは手術に慣れていない若い女性の先生で指導医と思われる先生から「それが膀胱。癒着に気をつけて」と指導されていました。

不安はますます大きくなり「耳栓しておけば良かった」と心から思いました。

しかし手術は15分程度で終了。

赤ちゃんも無事生まれましたが、あっという間の出来事だったのと、先生たちの会話を聞いてしまった不安とで感動は薄かったです。

手術当日の夜は麻酔が効いていて起き上がることもできません。

手術の影響で38度以上の高熱が出て辛かったのを覚えています。

手術翌日、起き上がっても良いと言われたので起きようと思っても麻酔のせいか起き上がれません。

それでも看護師さんに手伝ってもらって何とか立つことができました。

手術から2日後、麻酔が切れて激しい痛みに襲われました。

火傷のようなヒリヒリした痛みの最大級という感じで、お腹の中で火事が起きているようです。

それでも立って歩いたほうが回復が早くなると言われ、点滴台を支えにして何とか歩いていました。

私の姿を見た夫が、笑いをこらえているのがわかりました。

その笑いをこらえている様子が可笑しくて思わず笑ってしまいました。その瞬間、今までにない激しい痛みが!あの時が人生で一番痛かった瞬間だと今でも夫に話しています。

初めての出産

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はじめての出産を控えた皆さんに向けて、私の体験をお伝えしたいと思います。
女性は誰しも、出産という人生の転機に立ち会うこととなります。

大切な人と出会い、その赤ちゃんを授かるなんて、素敵な体験ですよね。でも、必ずしも、嬉しいことばかりではありません。

私も、はじめての出産に当たっては、何をどうすれば良いか分からず、はじめてだらけの状況に非常にとまどったことを覚えています。

そんな、はじめてのお産に関するエピソードをお伝えしたいと思います。

まず、はじめての出産に当たって、不安になる要素には次のようなものがありました。

①父親となる男性の妊娠の受け入れ、②家族など周囲の反応、③赤ちゃんの生育、④出産、です。

本当にたくさんの不安要素がありました。
はじめに、妊娠が分かった時には、相手の男性がどのような反応をするのかとても不安でした。

日頃から信頼している相手ではありますが、いざという時になると、喜んでくれるのか、と不安がこみ上げてきました。

また、家族など周囲の人たちがどのように受け取ってくれるのかも不安でした。

しかし、そのような心配は無用でした。

相手の男性はもちろん、家族も喜んで祝福をしてくれました。

ただ、周囲の友人などの話しでは、相手の男性が受け入れてくれるのに時間がかかる場合もあるようです。

しかし、この体験を通じて、家族だけは絶対に祝福してくれる、孫やひ孫の顔を見たくない親なんていないのだと、確信することができました。

ですから、なかなか理解を得られずに苦しんでいる方も、ぜひ親が子を思う愛情にかけてみてはいかがでしょうか。
次に、出産が決まると、赤ちゃんが順調に育っていくか、期待と不安の入り交じった日々でした。そして、確実に母体への影響も出てきました。

それまで、知識では知っていても、いざつわりなどの症状があらわれると、想像以上のつらさに気持ちが揺れる事もありました。

最も大変だったのは、理屈ではない、ということです。それまで、仕事一筋に生きて来たため、論理一貫性を求めて仕事に邁進する日々でした。

しかし、出産に当たっては、勉強してもぞれぞれの母体によって症状や赤ちゃんの成育状況は変化してきます。そのため、予想通りに行かない事の方が多く、難しさを感じました。
また、出産自体にあたっても、準備するものや、破水してからの対応など不安がありました。しかし、私たちの周囲には、本当にたくさんの出産の先輩やプロがいるのです。

私も、母や姉に様々なアドバイスを受けて、安心して出産に望む事が出来ました。
このように、心配性の私はたくさんの不安を抱えて望んだ出産でしたが、女性同士の情報交換や励ましによって、暖かいリラックスした環境ではじめての出産を迎えました。

皆さんも、女性の知恵に頼ってみてはいかがでしょうか。母子ともに健康で、可愛い赤ちゃんが生まれる事をお祈り申し上げます。

私が出産した日のこと

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一度の流産経験があるせいで、妊娠初期の頃は、ただただ流産が怖くて・・・仕方ありませんでした。

臨月に入ってからは、その心配はなくなったものの、「あれ?出産ってなにげに怖くない?」ということに気付き始め・・・痛かったら嫌だなぁとか大丈夫かなぁとかなんとなく不安を抱えていました。

けど、無事生まれればいい、その気持ちが一番大きかったので、不安を不安だと思わないようにするというか、できるだけ不安を忘れるようにしていました。

出産予定日は、12月25日。

里帰り出産です。

その直前に診てもらったものの、あまり生まれそうな気配がない・・・ということで、12月24日に子宮口が柔らかくなる注射をしよう、ということになりました。

その時のお出かけ(病院を含む)が出産前最後のお出かけになるかな、と思ったので、病院の後で母と一緒に外食に行こう!となりました。

12月24日、普段通りというか特に変化もない感じで病院へと公共交通機関で向かいました。途中、ショッピングモールでトイレに寄ったところ、痛みは全くない状態でじゅわっとなにかが出ました。

見てみたところ、血とよくわからない液体です。

「もしかして破水?」と焦った私は、母を呼びタクシーで病院へ。破水かも、と言ったところ、すぐ診察してくれたんですが、成分的に破水ではなくおしるし、とのこと。

そのまま子宮口を柔らかくする注射を打ち、食事へ向かいました。

食べている最中、一度だけ、びっくりするような痛みが・・・お尻の穴がきゅーっっとなるような痛みです。「こここ、これは・・・」と思いましたが、母が心配するといけないのでそのまま食べているとおさまりました。

今思うと前駆陣痛ってやつ、だったんでしょうか。

家に帰り、夜になり、いつも通りネットサーフィンしていると、痛みが到来しました。

でも最初はこれが陣痛なのかわからずに、家族に相談していました。

今痛い・・・あ、また痛い、何分経った?ってやつです。1

0分以下になり病院に電話し、車で向かう途中、本格的な痛みへ。

なんて言うんでしょう、足をばたつかせたくなる痛み?

病院に着いたのは日付が変わって25日、まさかの出産予定日当日に病院入りです。

夫にそのことをメールで連絡し、陣痛の部屋へ。

ものすごい痛みと、その間に訪れる便意とで戦いました。汚い話ですが、何度も何度も排便がありました。

痛い、以外言えなくなってきた頃、子宮口が9しん半くらいに開いたところで分娩室へ向かいました。

その日の出産は立て込んでいて、大きい病院ではないのに私で3人目。

人手が足りない状態でした。痛い中いなくなってしまう助産師さん・・・寂しかったです。

陣痛中考えていたのは、「うわー、トイレ行きたい」その一言です。

痛い以上に漏らすのが嫌だったんですよね・・・。赤ちゃんが出てくる時に腸を押すようで・・・便意がものすごかったです。

お腹につけている赤ちゃんの心音を聞く機械がたまに警報音みたいになるのがすごく怖かったです。

「とにかく赤ちゃんを出してー」って思っていました。

最終的には会陰切開、それと同時に破水、そして赤ちゃんが産まれました。

時間は4時16分。病院に着いてから約4時間ちょっとだったので安産だと思います。

その後、胎盤を出すのも、会陰を縫合するのも・・・めちゃめちゃ痛かったです。出血も多いほうでした。特に会陰縫合。

出産で痛い思いしたのに、まだ痛くするの?と泣きたい気分になりました。

でも、無事産めた、という安堵の気持ちが一番大きかったかもしれません。よかったー、みたいな。今まで生きてきた中で一番幸せ、とも思いましたし、一番「やり遂げた」感もありました。

その日から眠れない日々が続いたわけですが、その時はまだそんなことはつゆ知らず、ただただ幸せで心が満たされていたのです。

 

出産の痛みは壮絶でした

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私は三年前に出産しました。
破水から来る人と、陣痛から来る人が居てますが私は破水からでした。
まだ予定日の数日前だったこともあり、これが破水なのかわからないくらい少量でした。
一応病院に行ったのですが、破水では無いと言われ帰らされました。
しかし、ずっと水のようなものがちょろちょろ出ていて、気になったまま朝を迎えました。
主人を見送ったあと、家事をしているとあきらかに昨日よりたくさんの水が出ていて、思わずトイレへ。
母に連絡を取ってきてもらう事に。母が来るまでには本当に家の中がびちゃびちゃになるくらいにまで破水してました。
急いで病院へ向かうとやはり破水でそのまま入院。破水していると、ばい菌が入りやすくなるので薬を飲んでました。
破水したら、24時間以内に出産しないといけなくて、その間に陣痛が来なければ誘発すると言われました。
その時まだまだ余裕があり、仕事を早く切り上げた主人と会話してました。その時は15時くらいで、16時のお風呂の時間まで待ってました。
16時前、お風呂の準備をしようとしたあたりからいきなり腹痛が。あきらかに陣痛だとわかる痛さでした。
陣痛特有の間隔が開くので、陣痛が来てない間に用意をするのですが、間隔が狭くて思うように動けず、痛さで涙が出てきました。お風呂を断念して陣痛室へ。
その時まだ4cmほどしか子宮口が開いてませんでした。もう痛くて痛くて主人にイライラをぶつけてしまってました。
そこから数時間たちまだ子宮口が変わらず。

しかも赤ちゃんの頭の向きがおかしいと言われ、治すために四つん這いになってました。四つん這いでの陣痛はこの世のものではありません。
本当にこのまま死んでしまうのではと思いました。
赤ちゃんの向きが変わらず、先生たちも赤ちゃんが危ないと判断し、このまま注射で陣痛を抑えて、赤ちゃんの向きを戻そうとなったのですが、何度注射をしても陣痛が収まらず、むしろ何倍も痛くなってました。0時を回ったころ、やっと子宮口が9cmに。
そのまま分娩室へ。

いきみたくなってきた時が地獄でした。

いきみたいのにまだいきみめない時。本当に頭がおかしくなりそうでした。
やっと、いきむことができるようになってから、本当に必死で頑張りました。

先生のヒッヒッフーに合わせて頑張り、何度かいきんで切開するとつるっとでてきました。
出てきたあとは今までの痛みが嘘のようになくなりました。
赤ちゃんの泣き声を聞いた時、主人と2人で涙が止まらず、赤ちゃんが横にきた時、あの瞬間のあの気持ちは一生忘れることはありません。
出産は想像してたよりも何百倍も痛いし、命がけです。しかし、その先に待っている幸せを思うと頑張れます。